2016年センター試験を受けるキミと、かつて受けたキミへ。

ABOUTこの記事をかいた人

1988年生まれ。福岡・博多出身。
国立九州大学中退後、(株)WORLDiAを創業。WEB制作並びにWEB広告代理業を4年間行う。
熊本地震を期に、モノを捨てて世界一周の旅へ。旅をしながら、”世界を旅する1分動画”「TR1P(トリップ)」と、旅のブログ「Back Pack Hack(バックパックハック)」を運営。
現在も、「旅して創って稼ぐ」をモットーに、ドローンとカメラとPCをカバンに詰めて、旅を続ける。

言いたいことを一言で

今回、言いたいことを一言にまとめてしまうと、

「受験っていうゲームに勝つのも大事なことだけど、もっと大事なこともいっぱいあるよ」

という話。

 

試験の話というよりは、僕が勝手に思う教育論についてですね。

こういう節目には、言いたくなるんですよ(笑)

懐かしい、センター試験

さて、今年もやってきましたね、センター試験。

今年はすごく寒い時とかぶったので、大変そうですね。

 

僕も昔受けました。センター試験。

全体の八割七分くらいは取れたんですが、未だに、センター試験とロト7の違いがよくわかっていません(笑)

「好きな数字を選んで塗ったら受かった」という感じで…。

 

その後、わざわざ入った旧帝大も中退して起業したのですが、全く後悔してないし、困っていません。

むしろ、今10代に戻ったら、高校すら行かないかもしれません。

まあこれは、割と良い人生送れてるので、結果論としてこんな事言えるのもあると思いますが、

僕みたいなのでも割と大丈夫なので、高校生はまあ、もし受験に失敗しても、なんとかなるワケですよ。

 

決まったルールの中で勝利することはもちろん大事ですが、それ以上に、

メシがちゃんと食えてよく眠れて「有り難う」が言えて笑顔が素敵、みたいなことの方がよっぽど大事。

「進路選択」には意味がない

どうしてこんなコト言うのかというと、

正直な所、今の職業や進路選択のプロセスって、けっこうズレてるから、というのもあります。

 

経験量が少ない中高生に「何になりたい?」とか聴いても、まともな進路なんて決まるハズがありません。

彼らは殆んど何も体験したことがないし、職業の需要というのは極めて流動的だし、

彼らが将来つく職業は、まだ世の中に存在すらしていない可能性も高いからです。

数年前には存在しない職業

例えばプログラマー。10年前より確実に数と需要が増えています。

例えばLINE。スタンプクリエイターなんていう稼ぎかたは3年前には想像すらされませんでした。

例えば弁護士。年収200万を切る士業が出るなんて殆んどの人は予想できませんでした。

 

つまり、学生の段階で職業選択なんて無理。ホントに無理。

そこからの進路の逆算なんて、さらに無理。

知らないスポーツのポジションを決める

経験量が少ない10代に職業を選択させるのは、

やったこともない(そして殆んど見たこともない)スポーツ一覧から

「どれを一生やってくの?ポジションは?」って聞くのと変わりないワケです。

そんなん、分かる訳ないだろと。

 

「キミは足が早いから、カバディのレイダーに向いてるねー、アンティ捕まえられるよ−」と、

やったこともない人に言われるようなもんです。意味ワカンナイでしょ?僕もカバディわかりません(笑)

「感動」や「体験」が必要

これから、机上の勉強やペーパーテスト以上に大切なのは、五感を通した「感動」や「体験」です。

聴いたり読んだりして終わり、じゃなくて現場現物現実に触れる量と密度が大事なんです。

 

学校を既に出た人は、どうですか?

「教科書に書いてあった内容」ってどれくらい覚えてます?あんまりないですよね。

それより覚えているのは、喜んだり悲しんだりの色んな「感動」を伴う「体験」ばかりのハズ。

先生に優しくしてもらったこととか、好きな子にチョコもらったこととか、友達と遊んで笑ったこととか、修学旅行のバスが楽しかったこととか、先輩にメンチ切られたこととか(笑)、そいういうのでしょ?少なくとも、僕はそうです。

選択には体験量が必要

体験量が少ないと、選択の幅もやはり狭くなります。

 

例えば、5歳の子供が

「妖怪ウォッチカレーが世界で一番美味しい!僕は一生これしか食べない」

とか喚いてたら、

「おいおい可愛いな。でももっと色々食べてから決めてもええで」って笑うじゃないですか。

でも、中高生の時点で職業を決めるのって、ぶっちゃけコレに近いとこありますよね。

ざっくりした方向だけ決めたら、もっと色々やって決めてもいいぞ、と。

 

将来について「早く決めたやつが偉い!」みたいになっている風潮が、若者に息苦しさを与え、

「やりたいことがない病」というよけいな病を生んでいます。

本当に教えるべきこと

だから、教育の現場で教える/考えることは、

「読み書きそろばん」とか

「基本的な法律」とか

「生きる上で知っておくべきお金の話」とか

「本質的な歴史」とか

「人間の本質」とか

「金融資本主義の次のイズムって何だろう?」とか

「シンギュラリティはいつ来るか?来たらどうなる?」とか

「重力の正体ってよくわかってない」とか

「人類の進化論には未知の部分がある」とか

「こんな生き方しとるオッサンオバハンもおるよ」とか

「酵素栄養学の基礎」とか

「素敵な笑顔と誉め言葉とは何か」とか

「合コンでモテる方法」とか(笑)

「職業/仕事とはそもそも何なのか」とか

「これから無くなる仕事、生まれる仕事はどんなものか?それはなぜか?」とか、

そういうモノなんじゃないか、と思うワケです。個人的には。

幅や深さがもっとあっていいと思うんです。

分野を区切ること自体がナンセンス。全ての学問と知識は繋がっています。

大事なのは「職業」でなく「どう生きるか」

そして本当に聞くべきは「何になりたい?」じゃなくて、

「どう生きたい?」

「人としてどう在りたい?」

「自分に使命があるとすれば、どんなことだと思う?」

とかだと思うんです。割と大真面目に。

 

そして、そういう「生き方」を実現する手段の一つとして、職業があるだけ。

職業から人生を決めるのは、目的と手段が逆です。

こういう考え方そのものが、本当の意味での一般教養だと、僕は思っています。

コピーできることは意味がない

まあ、こういうのって数値化・言語化が難しいことも多々あるので管理が大変なんですが、

これからは数値化・言語化できることって速攻でコピーできるから、学んでも意味無いんですよね。

 

ただの断片的な情報なら、スマホひとつあればすぐに手に入ります。

大事なのは、「なぜそうなったのか」を学んだり、それを使って「何を目的に」「何をするか」を決めたり実行する能力です。

 

例えば、「1939年、第二次世界大戦勃発」なんて単体の情報には意味がありません。

 

「どういう流れを経て、どうして戦争になったのか?」を学び、

「この先戦争が起こらないようにするにはどうすればいいのか?」とか

「第三次世界大戦があるとして、それは二次大戦と同じようなものなのか?そもそも戦争の定義や目的とは?死なないために今日何をすればいいか?」を考えるのが大事なんです。

試験を受けるキミと、かつて受けたキミへ。

そんなワケで、話戻します。

2016年センター試験を受けるキミも、かつて受けたキミも。

センター試験ができなかったくらいで「私はダメな人間だ」とか認めちゃダメなんです。

 

あれは、ある種の記憶力と情報処理能力、そしてそれを培うための自己管理力を試すためのペーパーテスト。

それ以上でも、それ以下でもありません。

勝利は大事だけど人生はもっと大事。

もちろん、頑張ってゲームに勝つのは大事。

普通の人にとっては、学歴はやっぱりまだあった方がいいし、若いときの勝利や成功体験は自信を作ってくれます。

 

だけど、学歴や勝利よりも、人生そのものはもっと大事。

復習が終わったら、次は復讐しよう(笑)。

より善く、楽しく生きよう。

勉強だけじゃなくてもいいんです。

人から見てもっとキモくて意味分かんなくてダサいことを一貫性なくどんどんやろう。

もし受験失敗しちゃったら、使うはずだった教育費で旅に出よう(笑)

キモくこじらせていい

人に「わかる〜」とか理解されたり、センセイに誉められたり、なんてことで喜ばなくてもいい。

「貴様らに分かるかボケが」って徹底的にこじらせてもいい。

後から思い出して布団の中で「ああああーー!!」ってなる体験をもっとしよう(笑)

 

多分、そういうのが若さなんだと思います。僕もうオッサンなのでなんとなくわかります。

 

僕は、このアドバイスに責任なんか取らない。

僕だけじゃなく、世の中の連中は好き勝手ばっか言うから、まずは親や人のせいにせず、自分の人生を自分で選ぶことから始めよう。

 

多分、そういうのが自立なんだと思います。僕もうオッサンなのでなんとなくわかります。

僕はキミの人生に責任なんか取れないけど、一緒に愉しむことはできると思う。

お互い頑張ろう。

まとめ

という感じで、

10代の頃の自分に言いたかったことをツラツラと書いてみました。

 

改めて、言いたいことを一言にまとめてしまうと、

「受験っていうゲームに勝つのも大事なことだけど、もっと大事なこともいっぱいあるよ」

という話でした。

 

口語と丁寧語がまざって見苦しいですが、割と本音です。

長文読んでくださり、感謝します。

 

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それでは、明日も良い旅と、良い人生を。

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